mokomoko

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2017/01/17

大学のせんせい

去年は人生初めての大学の先生体験をしました。後期のみだったけど。
自分が先生をやるだなんて過去の自分に教えてあげたらふくだろうなーと思いながらも心臓ばくばくで挑んできました。
明日はあっというまに最後の日。
課題を出したり講評をやってみたりやった事ないことばかり自分でも作品ってなんだろうって思い返すきっかけになったし、勉強になったな。

担当したのがちょうど3年生で、当時の自分を思い出しながら見て回ってました。美大の3年生は今でも当時と同じで、教室にある程度自分のスペースがもらえて、さあ、自分の絵を探しなさい的な時。
課題も自由要素多目なやつ。
いきなり野放しになるので戸惑ったり分かんなくなったり描かなくなったり学校にこなくなったりするのもこの頃から。
一番自分と向き合いまくる時のやつの学年。
最初から分かってた事は美術って教える事などない、作品を作ってくのって自分の感覚だから、五感と経験で自分に染み渡らせてゆくもんであって、人から聞いてどうのこうのでもないやつなので。
だから素材の事や経験から学んだやつで役にたてそうなヒント的なものくらいしか教えるのできなかったです。
あってるのか、あってなかったのかも、わからん!
間違ってること教えてしまってたら先生ごめんだにゃん。
それからどれだけいるのか分かんないけど、アーティストとしてやってゆきたいならば、
まじで一生過酷&修行覚悟必須!!
ドM要素、引きこもり力まじいる。

1人の絵描き希望の女の子の生徒には伝授したけど、簡単な事じゃない、スタートできたとしても続けていく事の大変さ。
人生捧げてく覚悟もいるし、絵描きの才能も、絵描きバカな才能もいる、絵の具も高い、色々なものがいる。
スペースも自分で確保していかなければならないし、親には心配かけるし。

ああ、こう書いてるとやめたくなっちゃうなあ。。
うん、年に何回もやめたいと嘆いてる。

だけど、子供生まれてもやめないのは、自分には絵描きバカな部分の才能がたっぷしあるからだと思ってます、分析してます。
絵描きバカっていうのは、なくなると死んじゃう人の事。
制作というのが自分の臓器と一緒くらいの役割をしてる。
だから、絵描きでやってきたいなら自分が一番分かってる事だと思う。
自分で気づいて作品にダメ出しして、枚数重ねて、全部自分の加減でやってくジャンル、それが美術〰。
認められないかもしれないし有名にならないかもしれないし生活も安定しないし、

ないないない!が。それが美術〰〰。

とあんまりかくと泣けてくるのでやめた。

でも自分が造った世界観が人の脳みそと心に届く一瞬があるだけでそれでよい!
してやったり!
それから何より自分が自分の作品の大ファンであること、第一条件!!

教える事ないとかいっておいて、今年度も先生やらしてもらえることに。
今年は2年生なのかな。
がんばります!

写真は全く関係ないジューオージャーと記念撮影!



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